前田司郎『グレート生活アドベンチャー』思わず笑ってしまうシュールコメディ

2019年8月14日

ftc_kyne-deck_02

劇作家・演出家・俳優・小説家・映画監督・脚本家とマルチな才能を持つ前田司郎さん。シュールな舞台が人気ですが、小説はさらにシュール。

今回皆さんにご紹介したいのは、「脱力系」とも評される前田さんの真骨頂的な作品『グレート生活アドベンチャー』。

中でも特にクスリとさせられて場面を取り上げてみました。併録されている『ゆっくり消える。記憶の幽霊』にも注目。さっそく行きましょ〜

 

『グレート生活アドベンチャー』

作者:前田司郎

出版社:新潮社

出版年:2010/08/28

「ひたむきに、勤勉に、自らの時間を捧げて僕は、超レベル上げた。でもなあ、流れのままに魔王を倒していいのだろうか?」それが悩み。30歳。ヒモ生活。爆発すれすれの感情を封じ込めた無職の男が、生活という冒険を華麗に生き抜く表題作。そして、死に行く女の意識を彩るエンドレス走馬燈「ゆっくり消える。記憶の幽霊」併録。日本演劇界の寵児が描く青春大冒険小説集!

 

 

グレート生活アドベンチャー 

主人公の男(30歳・無職)が自宅でテレビゲームをしている。

 僕は仲間たちの行動を全て決められる権限をもっている。いくら仲間が死にそうでも、僕に断りなく治療することは許されていなかったし、僕の仲間ぐらいになると死んでもお金さえ払えば生き返れるのだが、僕の気が向かなかったら死んだまま放置されることもあった。

 僕はそういった権力に魅了されていい気になるほど子供でもないから、今年で30になったし、皆が平等に快適に旅できるようにいろいろ気を配った。

 

 

 魔王は、魔のなかでも王なわけだし、そんなに馬鹿じゃない。多分、途中で気づいていたのだ、僕たちとの血で血を洗う戦いこそ自分の生きがいであることを。その証拠というわけでもないが、魔王は僕たちのためを思ってか、いつも常にちょうどいい相手を僕たちにあてがってくれた。最初は虫も殺せないような僕たちに非常に弱い生き物を刺客として送り込んでくれたし、それら最弱の生き物では物足りなくなると、されより少し強い生き物を向かわせてくれた。こういった気遣いによって僕たちは徐々に無理なく段階を踏んで強くなることができた。それに関しては今でも感謝している。

 

 

 僕なんかは血筋も英雄の血を引いているし、絶対的な権力も持っているし、今や巨万の富も持っている。ひとつ残念なのは童貞であることだが、姫やら女盗賊やら幼馴染の町娘やらと時には相部屋で寝ることもあるわけだから、寝てる間に何かが起こっていないとも限らない。

 

 事実それを期待して、僧侶や商人といった男のやつらを別の宿に休ませておいて、自分以外全部女というシチュエーションで何泊か海辺の村に連泊したこともある。その夜の出来事については語られることはなかったが、絶対何かあったと思うな。だって、ないわけないじゃん。

 

 ついでに、あんまりこう大人数だとなんか、そういう雰囲気になりづらいかなと思って、町娘と二人で泊まったこともある。姫とはまあこのあとどうにかなるだろうから、その前にかるくアバンチュールという腹だった。しかし、やはりその夜について語られることはなく、「元気になった」という意味合いのメッセージが表示されただけでどの辺りが元気になったんだ?」という思いだけ残り、(後略)

 

 僕は腹が減ってきた。「最後の迷宮」は深く、もう地下14階まで降りてきたのにまだ先がある雰囲気だった。いったいどうやってこれだけ掘ったのだろう。

 魔王も情熱を傾ける場所を間違えているんじゃないか?

 

 

僕は気を利かせて座ってオシッコをした。

 

 

 僕の実家は基本、床に直座りだった。しかしどういうわけか、キッチンの前にテーブルがあり椅子が四脚あった。朝はそこで家族でご飯を食べるのだ。

 なんで朝だけかと言うと、テーブルが狭いから。テーブルはトーストを四枚重ねて置いた皿一枚と、パンのおかずみたいなもの一皿、そこにコップがギリギリ4つ置けるくらいのどう工夫しても一人か二人用の大きさだった。だから椅子を四つも配置するとなんだかテーブルが可哀想になる。さぞかしプレッシャーだろうと思う。

 なので夕ご飯は大きめの座卓に乗せて居間で食べた。そもそもウチの実家のキッチンは、ただのKでDKではないのだ。KでDするのは、Kにたいしての侮辱だ。KはK飲みするところなのだ。

 

 

 

 主人公の男は家賃が払えなくなり追い出される。加奈子(29歳・フリーター)の家へ転がり込みヒモ生活。彼女がバイトに出かけるかたわら、男は少女漫画『堕天使の吐息』を読んでいる。

 多分、最終的にミカエとミツル君が結ばれて終わりなんだろうけど、こいつら中学生だよな。どうすんだこいつらこの先。こんだけ大恋愛してその先どうすんだ。まだ高校とか大学とか社会とか色々あんだろうに、13か4の若者がこんな恋してて大丈夫だろうか? それにだいたいミカエとミツルが結ばれることになったとしてもせいぜいするのはチュー止まりだろうよ。これでガンガンセックスされたら読書の少女はひくぞ。

 

 ていうことはこいつらはこれだけ全身全霊をかけて得られるものはチューってことになるぞ。アメリカの人なんて毎日チューくらいしているっていうのに、日本ときたら。

 

 でもその時のミカエとミツルのチューは凄いチューなんだろうな。もう、どうなんだろう? 物凄いんじゃないか。もう、なに? 唾液とかのレベルじゃない液体や気体が互いの口から口へ、物凄いスピードで行き来するわけでしょ?

 

 もうチューじゃないよね。すげえな、大丈夫なの? 中学生でそんなことして。俺なんか、中学のころシールばっかり集めてたぞ。もう人としての何かが違うなミツル君と俺では。ステージが違うな。

 

 

 

 

 男は『堕天使の吐息』の4巻を読み終え、5巻を読もうとするが無い。男は腹を立て、バイトから帰ってきた加奈子に詰め寄る。しかし、どうやら加奈子によると、作者の猫屋まじゅ先生は執筆の途中で自殺したらしく、『堕天使の吐息』は未完のまま終わっているのだそうだった。

 僕はバイトが終わって帰ってきた加奈子にすぐさまブックオフに向かうようにお願いしたのだがそういった理由でモヤモヤしたまま終わった。

 加奈子は上半身だけスエットを着て下半身は短パンみたいなのをはいてうろうろしてるから「風邪ひくよ」と言ってあげたら、僕が加奈子のスエットの下をはいてしまっているから短パンをはいているのだそうだった。

 じゃあしょうがない。

 

 

 最近加奈子があまり口をきいてくれない。まずいと思ったので昨日の残りでチャーハンを作ったがお腹が減って全部食べてしまった。後片付けを加奈子にやってもらう。

 

 

 疲れているのだろう。突き出た唇を半開きにして、眉間にしわを寄せたまま右頬を床に押し付けて眠っている。
「加奈子ご飯は?」
 加奈子の眉毛が動いた。目を開けようとしているらしい。
「ねえ」強めに呼びかけてみる。
 加奈子は薄目をギリギリ開けて「……いいや…」それだけ言うとまた眠りに戻った。
 しょうがないしばらく眠らせて起こそう。

 

 

 

 男はアパートを引き払い、自分の荷物を加奈子宅に引き上げる。

 僕は持ってきた荷物を解いて何かないか探していたら組み立ててないプラモデルのロボットが出てきた。その見知らぬロボット、人型で右腕が大砲みたいになっている。パッケージには主人公の少年だろう、赤い髪の活発そうな人間が笑顔でこっちに向かって走ってきているような絵が描かれている。少年は銃を握っていた。危ないな、こいつ。銃もって笑顔で向かってきてるよ。

 

 

 

「あのさ、将来に対する不安とかないの?」

「例えば?」僕はよくよくわからなかったので、加奈子にしゃべらせて、僕も同じだ、と言おうと思った。

 

 

「働く気とかないの?」

「働く気はないよ」

「働かないでどうやって暮らしていくのよ」少し怒っている。

「うん、どうやって暮らしていったらいいのかな?」

「知らないわよ」

「そうか」

「あんたなんでそんなに悩みもなく生きられるの?」

「あるよ」

「何よ」

「地球温暖化とか」

 加奈子は黙った。

 

 

 

ゆっくり消える。記憶の幽霊

女は、静岡県の伊豆にある断崖絶壁に立っている。半生を振り返っている。

 あーあ、どうでもいいのに頭ばっかり回る。

 考えることすべてをやめにして、昔みたいに恋だ愛だだけで見ていられれば楽なのに。あの頃楽だったかって言うと、あの頃はあの頃でまあ色々あったんだろうけど、もう、嫌なことはわすれちゃったし、やっぱり嫌なことは未来にだけあるようにしか思えない。過去の嫌なことは乾燥した死体みたいに存在感というか迫力というかナマナマしさがなくて、当たり前だけど、ナマじゃないんだから、なんだか、そういう感じ。途中で面倒くさくなって端折りすぎた。 

 

 

 

(前略)わたしは小さい頃のお祭りの夜に行ったスーパーボールすくいを思い出した。スーパーボールをモナカの皮みたいのですくうのだ、スーパーボールはボールを超越したゴム製のボールでどこら辺を超越しているかと言うと、一般のボールより跳ねる。

 

 ちっちゃいスーパーボールに紛れて拳大のものが混じっており、どう考えてもモナカでは取れまいと、子供ながらに「馬鹿にするな」と憤ったものだ。

 

 

女が崖から飛び降りる。いろいろなことが思い出される。

(前略)野球選手がボールが止まって見えるってやつ。わたし野球知らないから分からないんだけど、なんかボールをバットで打つってことくらいは知ってて、スポーツニュースを垂れ流して見てととき、凄い選手は、飛んでくるバットが止まって見える、バットは飛んでこないや、ボールが止まって見えるっているのを言っていて、コメンテーターかなんかでその場にいたポロシャツを着た太めの男が「僕もたまに止まって見えることがあります」なんて言って、そいつがゴルフの選手かなんかでスタジオ中が大爆笑で、わたしも釣られて笑ったんだけど、笑ってすぐに怒りがわいてきて、自分が汚されたように感じて怒りがわいてきたのだけど、わたしはそんな安っぽい女じゃないわよ、と言う気持ちだったんだけど、実際そんな程度のギャグで大笑いしたわけだから、わたしの理論で言うとわたしは安っぽい女と言うことになる。

 

 

 

(前略)それでも会社を辞めたとき、ああ楽になったと感じたのは、やっぱりストレスがあったのだろう。それで、会社を辞めてしばらくすると、会社に行ってる頃の夢ばかり見た。今度は会社に行きたくなったのだ。関係を9割がた切ったとき、わたしはストレスから解放されたけど、ストレスを失うというのは、あらたなストレスだった。これはつまりストレスがないという状況はないということだ。だから適度なストレスが健康のためには必要です。皆さん、適度なストレスを心がけましょう。

 

 

 

(前略)わたしたちは良く口論になったが、口論しながらもスルメを噛んだスルメを噛む行為と、恋人同士で口論することがまったくの別の案件で、別々に進行しているようだった。分かりにくいか、なんというか、その二つの行為は全く別の感情から起こっていて、たとえば、わたしが岸谷君に対して非常な怒りを感じているときでも、わたしがちょうど良い大きさに千切ったスルメの残りの部分をそっと岸谷君に渡したりすることが、行われていた。

 

 

あわせてどう

前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』 若きバッタ学者のアフリカ奮闘記!!

読書

Posted by CODY