前田司郎『ジ、エクストリーム、スキヤキ』会話のかけあいが面白い!!
演劇・小説・ドラマなど、ジャンルを飛び越えボーダレスに活躍するクリエイター・前田司郎。
前田の真骨頂といえば、やはり台詞。一見脱力系に見せながら、人間同士の〝わかりあえなさ〟と〝わかりあいたさ〟のせめぎ合いを鋭く描き、笑いだけに留まらず、やがて果てしない宇宙的哲学にまで昇華する前田ワールド。
『ジ、エクストリーム、スキヤキ』は、そんな前田ワールドの魅力が遺憾なく発揮されています。
一度、知ってしまうと、ハマらずにはいられない、この神的世界にあなたも心酔してしまうかもしれません。それではさっそく行きましょう〜
作品情報
『ジ、エクストリーム、スキヤキ』
作者:前田司郎
出版社:集英社
出版年:2013/10/04
スキヤキ鍋を抱え12年ぶりに会った大学時代の仲間たちが向かう先は・・・。
劇団五反田主宰、ボーダーレスに活躍中の鬼才・前田司郎が青春と魂の再生を描く。
内容紹介
「ねえ、買うの?」大川が小声で訊いてきた。
「いや、良いなあと思って」僕は少し大きめの声で応える。内緒話をしていると、店の人に感じ悪いと思われるので、内緒話じゃないですよというのを示すために、こうして開示しても平気な情報はわざと聞こえるレベルの声で言ってみる。
「値段書いてないぞ」大川はまた小声で言った。値段が書いてないっとことはそれなりの値段ってことなんだぞという忠告らしかった。
わたしは洞口くんの車を覚えていた。赤いマツダの車だ。もう別のに替えてるかなと思ったけど、それは大崎駅の近くの高架下に停まっていた。(中略)運転席にいるのは洞口くんで、助手席にいるのは大川くんぽかった。二人とも固まったように前を見ている。
わたしから声をかけるのは気が引けた。なんて声かけて良いかわからないし。
向こうに気づいてもらおうと思うのだけど、二人は全然視線を動かさない。
ついに、車まで数メートルの距離まで来てしまう。どうしよう、駅に向かって歩かないと不自然な動線だから、このままだと、駅に戻ることになるぞ。
わたしもわたしで、気づいているのに気づいていないような芝居をしないといけないし、困っていると、急に、運転席のドアが開いた。
僕は良いスキヤキをやりたかった。
「じゃあ、そろそろ」
と言ってみた。それを切り出すには良いタイミングだったと思う。結構な沈黙が続いていたしきっと誰もが微妙に気まずくなっていたからだ。
「何が?」京子が言った。
「え、行こうよ」
「どこに?」
「いや、だからスキヤキやりに」
僕が言うと、京子はなんとなく遠藤さんを見た。遠藤さんが喋る雰囲気になる。
「あ、良かったらうちで」
と言って、語尾をにごす。「うちでやりましょう」というのも変だし「うちでやっていいですよ」も偉そう、かといって「うちでやってくれませんか?」もへりくだり過ぎだ、と考えたに違いない。
「あ、でも、」僕は外でスキヤキがやりたかった。
「おトイレ行きたいって」
京子が言う。
「え?」
「あ、でもまだ少し我慢できます」
楓がトイレに行きたいらしい。少し具合が悪そうに見える。
確かに、楓にしたら風邪ひいて家で休んでたら会社の先輩が知らない二人を連れてきて、急にスキヤキするぞとか言われて、なぜか小田原を目指しているわけだから、具合が悪くなっても当然だ。
「え、具合悪い?」
僕は言ったが、どうもそれが唐突に聞こえたらしく、後部座席の二人は少し黙った。
「いや、だからオシッコだって」
京子が言う。
「あ、」
なんかこれ以上あれするとセクハラ方面にとられかねないと思ったので黙った。
「あ、すごい歌ってる」
京子はそう言ってへへへと笑った。
「何歌ってんだろ?」
と楓が言って、僕以外の三人は男を見る。僕は運転しないといけないので、チラチラ見た。一応、みんなのために隣の車にスピードを合わせる。
「長渕じゃねえ」と大川が言って「ほら」と言った。
「ほら」と言うからには男が何か長渕を歌っている人間に特有の動きをしたに違いないのだろうけど、僕には見えなかったし、想像も出来ない。
「あ、ほんとだ」
とか京子が言う。これはもう確実に男が長渕を歌っている人間に特有の動きをして、さらにそれは万人が認識できる類の動きに違いないのだった。
件の蕎麦屋に入ると、客席で老夫婦が蕎麦を食っていた。
「いらっしゃいませ」
客席の老婦人がつぶやいた。
割烹着の老父婦はお店の人なのだった。
二人は食べかけの蕎麦をお盆ごと持って厨房に戻る。
はずれの予感。
僕が力強いリーダーだったら踵を返し「また来ます」とか言って店を出たに違いない。だけど僕はそうではなかった。
「さあどうしよう?」
車のキーを回し、エンジンをかけて僕は言った。
「とりあえず、駐車場を出よう」
大川が言って、僕はアクセルを踏む。
楓と京子はソフトクリームを食べていた。
とりあえず車を走らせる。少し疲れてしまった。
僕は言った手前、すき焼きをやることを提案すべきなのはわかっていたが、面倒臭い。スキヤキとかもうどうでも良くなっている。多分、みんなもそうで「こいつスキヤキとか言い出しやしないだろうな。やめてくれよ」という雰囲気を醸していた。
「え、なんですか?」
楓は多分それほど興味があったわけじゃなんだろうが、会話を楽しみたかったようで、さも興味がありそうに言うのだった。
「京子さんを取り合ったんでしょ?」
大川がニヤニヤしながら言う。
京子は黙っている。あと2秒くらい黙っていたら、空気が悪くなる感じだったから、僕が口を挟む。
「取り合ったっていうのはちょっと違うけどね」
「え、なにそれ? なんですか? 京子さんモテたってこと?」
楓が本格的に乗ってきた。京子の過去に興味はあるし、この話は掘り下げていっても京子が昔モテたという、京子の自慢話に繋がるから、訊いても大丈夫と判断したんだろう。
「お前それ、手ぬぐい」
「ええ?」
大川は起き上がり、手ぬぐいをどけると畳に水が染みていた。大川はその部分を手で擦る。別に改善はしないが、なんとなくそれで義務を果たしたことにしたようで、僕の方に向き直っていった。
「帰りたくねえな」
「コンタクトどうしよう」
楓が呟く。
「コンタクト?」
大川が訊き返すと、僕たち三人をなんとなく見回しながら言った。
「いや、替えのコンタクトレンズ持ってきてないから」
あ、これは、それを理由にこのお泊まりの流れを止めようとしているんだな。と僕は思った。コンタクトレンズなんてどうにでもなりそうなものだ。
「着替えもないしね」
京子も、楓の気持ちを汲み取ったのか、そう言って、この盛り上がりを鎮火する方に持っていこうとする。
僕は本当に残念だったけど、まあ、そうだよな。結局スキヤキもしてないけど、それは別の機会にまた会える口実が出来たと考えよう。
CODY
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